私は『超かぐや姫!』が引用する『竹取物語』の意味を理解した(誇張表現)のだが、
これ濃すぎるし文章で説明すると10万字超えそうなので、
基本的には自分用メモとして記す。
特に彩葉軸(後述)がどのような描き方をされていたかはインターネットでは言及が少ないが、ちゃんと面白い部分でもあると思う。
昔書いた普通に他人が読める記事はこちら。(書いた当時の考察はちょっと甘い)
maisankawaii.hatenablog.com
前提
・本編や竹取物語の謎を解くことや正しい解釈をすることが目的ではなく、「製作が竹取物語の要素の何を魅力に感じ、その要素・テーマをギミックとして本編に落とし込んでいたのか」を脚本の構成から読解・考察することを目的とする。
・大まかな構成を理解する上で竹取物語の引用は作中で説明された要素で十分であり、各要素は各シーンの意味やキャラクター、アイテムのモチーフ・テーマとして作中ですべて示されているが、各要素の対応を理解するには細かい原作の文脈が必要となるため、その説明をする。
・「細かい原作の文脈」について参考とする竹取物語について、児童書の「かぐや姫」や映画「かぐや姫の物語」などは今回の読解に必要な要素が意図的にカットされていると思われるので注意したほうが良い。竹取物語の流布本を基本的には前提とする。

『超かぐや姫!』超基本構造
竹取物語の要素を抽出し、再現し、改変することで『超かぐや姫!』となる。
改変する竹取物語の要素とは
バッドエンドである。
この作品でかぐやが物心つき会話が可能になったところで、この作品が、キャラクターが何を目指すかはまず視聴者に示されている。
作中の記述としては竹取物語の引用。
「ああ、うん。えー……お迎えが来てー、翁たちが引き渡すまいと戦うも空しく、姫は羽衣を着せられて、地球のことは忘れる。で、帰る」
が該当の箇所である。
これに対する
「え、月に帰って終わり? なにそれ、なにがめでたいの? 超バッドエンド! かぐや姫絶対不幸じゃん! しかも何かいい話風になってるのが余計許せないよ!」
などが改変の動機として示される。
これらを「かぐやをかぐや姫として主人公に見立てた物語」として覆すことを前提とする。(見立てではなく実際にそうであるが)
かぐやが達成するバッドエンドの回避、物語の目的は「ハッピーエンドがいい」である。
これはかぐやと彩葉の物語の終着点をハッピーエンドとするものである。
これは後に説明する。
一方で、この会話で終着点が示されるのはかぐやだけではない。
この作品の主軸はあくまでかぐやをかぐや姫に見立てて彩葉とのハッピーエンドを目指す物語であるが、
サブシナリオとして「彩葉をかぐや姫として主人公に見立てた物語」としても読めるように作られている。
彩葉が達成するバッドエンドの回避、物語の結末は「普通のエンドで結構です」である。
これは彩葉と彩葉の母親・家族関係の終着点をバッドエンドから外しノーマルエンドに乗せることを視聴者に示す。
これも後に説明する。
※嘘EDを主軸のストーリーのノーマルエンドと読む(結構です→結構ではなかった)のは当然として、別の文脈もある、という話
この「普通のエンド」の意味を一般的な視聴者が読み取るには補足が必要である。
ハッピーエンド、バッドエンドは一般的な用語だと思うが、普通のエンド、ノーマルエンドとは、ゼロ年代のノベルゲームでよく使われていた要素である。(監督がノベルゲームの影響を受けていることは下記のインタビューで説明されている)
news.yahoo.co.jp
近年のノベルゲームでは1つのキャラクターのシナリオにエンディングは1つしかないのが普通だが、当時はご都合主義のハッピーエンドと対比する「問題が解決しない」、あるいは「解決するもビター」なノーマルエンドという2つのエンドが描かれるのが流行りであった。(グッドエンドとハッピーエンド、ノーマルエンドとトゥルーエンドのような扱われ方の場合もある。)
エンディングの改変をテーマにした今作において、この表現が出てくるのは、並行世界を前提にしたノベルゲームの文脈を踏まえており、面白い。
「ノーマルエンド」という表記がある以上、必ずハッピーエンドやトゥルーエンドへ続く道も存在するのだから。
この作品のラストは「このお話ハッピーエンドだと思う?このあとすぐけんか別れしたりして?まだまだ分かんないよね」で終わり、「あなたの物語はどう?」という問いかけで終わる。
先に述べたハッピーエンドやノーマルエンドを作中で確定させるものではないし、定義するものではない。
あくまで「受け入れ覚悟するしかない、と決められたバッドエンドもあなた次第で回避することもできる、終わりと思わなければそれはまだバッドエンドではない」までが作中で描かれる作品で、視聴者は「ハッピーエンド」をここで確定させてもよいが、彼女たちの未来は確定していない、彼女たちがこれからどうなっていくのかに想いを巡らせるのも、楽しい読み方であろう。
かぐや姫・竹取物語のバッドエンドが持つ要素とは
この原作(現実)の「かぐや姫が帰る」というバッドエンドには複数の悲劇の要素があるが、
今回は大きく分けてこの4つが『超かぐや姫!』では抽出されていると考えると、わかりやすいと思う。
①子に会えず悲しむ翁と帝、親との別れを悲しむかぐや姫
②地球で得た想い、両親や帝への愛を忘れてしまうかぐや姫
③自分の意思よりも課された義務を優先するかぐや姫
④人間と天人という種族差が生む悲劇
このような要素を整理することで、「かぐやはかぐや姫だったみたい」「かぐやはかぐや姫じゃないよ」といったセリフ・単語が単なる物語を呼称しているのではなく、「何が悲劇でありバッドエンドなのか」「本編あるいは原作のどのシーンに対応するのか」という意味を内包していることを読み取ることができ、作中でその要素を回避していくことをより濃厚な情報密度で楽しむことができる。
竹取物語、超概略
竹取物語のシナリオで私が思う「超かぐや姫!」の読解に必要な要素を抽出する。要素をわかりやすく抽出するため、強烈な意訳を含む。正確な記述は本文を読むことを推奨。
天人であるかぐや姫は地球へ降り立つ。天人には感情がなく、人間には感情があるが、翁や媼に人間の娘として愛され遊び育てられる中で、人間と同じように親への情という「感情」を獲得する。
一方で、翁は親としてかぐや姫に「婚活」という「義務」を化す。それに対し、かぐや姫は、「義務」よりも「感情」を優先し、親と共にあることを選び、翁もその想いに触れた結果、最終的に帝の命令という極大の「義務」よりもかぐや姫の「感情」を優先して共に暮らし続けることを選ぶ。
一方で、かぐや姫は「義務」である月への帰還を強いられる。これに反する「感情」はあるが、これを止めることはできない。同様に、かぐやは地球での暮らしの中で多くの地球人に愛され、帝や2000人の兵士に守られるが、これも通用しない。
そして、このかぐや姫は多くの人に愛され長い時を過ごす中で帝への「あはれ」という成長した人間の到達点としての「感情」を獲得するが、直後に天の羽衣をまとうことで、すべての「感情」と「記憶」を喪失し、人間ではなく天人に戻り月に帰還し、戻ってこない。
残された家族である翁、媼、帝、は深い悲しみを得る。かぐや姫は天人と同じ時を過ごしてほしいと不死の薬を彼らに残したが、人間の特性である悲しみという「感情」を持ったまま永遠の時を過ごすことはできないため、人間として、不死の薬を燃やしその想いをかぐや姫に送る。人間が抱え続けることができない、クソデカな愛情と悲しみは、彼らが死んだ後も永遠に消えない煙として地球から月へと送られ続ける。

キャラクター対応表(かぐや軸)
・かぐや:かぐや姫
→無償の愛を注がれる子。親への情を得る。食事という感情を知る。遊びの中で感情を成長させていく。義務によって帰還する。
・彩葉:翁・帝
→大人にさせられたもの、家族なしでは生きられないもの、かぐやを守るもの。かぐやを愛するもの。義務よりも感情の大切さに気が付くもの。
・ヤチヨ:月に帰ったかぐや姫、残された家族(翁)
→多くの人に愛され、愛すもの、忘れられるもの、感情を喪失したもの(していないもの)、家族を失ったもの、永遠の時を生きるもの。かつて子供だったもの。子供の姿で彩葉に触れたいもの。
・彩葉とかぐやが作った曲:不死の薬
→別れの前の記憶、笑顔の象徴、もう会えない家族が残した面影。消えない炎。彩葉を生かし続けた歌。ヤチヨを生かし続けた歌。月のかぐやに届く煙。
キャラクター対応表(彩葉軸)
・彩葉:かぐや姫
→かつては無償の愛を注がれていたもの。笑顔の家族の中にあり、家族が壊れ、親から離れ、親を忘れ、実家に課せられた義務を背負い、1人で親から離れ生きていくもの。
・彩葉の母親:翁
→家族(父)の喪失によって深い悲しみを背負い、耐え切れず崩壊したもの。娘を失い、月に送る煙(電話)は届かないもの。かぐや姫に義務を強いるもの。
・彩葉の兄:帝・翁
→かぐや姫を想い続けるもの。かぐや姫を守ろうとしたもの。守れなかったもの。強大な権力を持つもの。幼い頃と変わらずかぐや姫と遊ぶもの。
ヤチヨ(かぐや):未来のかぐや姫
→親から離れ1人で生ききったもの。昔の親子に戻ることを諦めたもの。生ききれなかったもの。
・天人になること:大人になること
→感情を失うこと、笑えなくなること、涙をみせないこと、思い出を忘れること、家族に会えないこと、私みたいになっちゃったんだね。
・彩葉の父が残した曲:不死の薬
→崩壊する前の家族にあったもの、笑顔の象徴、かつてあった家族が残した面影。かぐや姫に忘却されたもの。彩葉を生かしたヤチヨの歌。
要素の反転・回収について(かぐや軸)
かぐや姫と翁・帝は再会しない⇔かぐやと彩葉、ヤチヨと彩葉は再会する。
人間と天人のように異なる種族には、感性の違いがある⇔親子の想いは通じ合って当然である「わかってるっつーの」
労働(月への帰還)という義務には逆らうことができない⇔遊びの中で生計を立てることができる
労働(義務)と遊び(感情の優先)は両立できない⇔分身すればいける
別れた娘への想い、不死の煙は月には届かない⇔届く。
→不死の薬=彩葉の歌、天の羽衣=ブレスレット、富士山=高層マンション
天に帰った存在は感情を失う⇔彩葉の歌により感情と記憶を取り戻すかぐや
離れた家族は忘却の性質を持つ→ヤチヨに絶対に気が付けない彩葉→気が付いてねえねえ待たせるなんて論外よ私を誰だと思ってるの?(ワールドイズマイン)⇔何億回思い出したろう、知らないなんて言わせない、名前読んで私は誰?(Ex-Otogibanashi)
『今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひ出でける』(別れて全て忘れてしまう時にようやくあなたを好きになった)→「すぐ好きになったんだ」(今どきは何もかものスピードが速い・まだ遅くはないことの提示)
人間の感情を持ったまま永遠の時は生きられない⇔8000年親子の情を抱え彩葉の歌を支えに生きたヤチヨ
人間に不死の薬・天人の時間は耐えられない⇔8000年の記憶に耐える彩葉
人間と天人は時間間隔の差がある⇔8000年経っても出会ったときと変わらないヤチヨと彩葉の関係・場所・服装
消え、変わってしまうであろう楽しかったかぐやの想い出⇔幼い思い出もヤチヨの中に残っている(忘却・変化の否定)。
残った幼い思い出を再び表に出すことはできない⇔分身すればいける
残った幼い思い出を再び現実にすることはできない⇔身体作ればいける
地上の人々と天人は住む世界も感情も異なる⇔VR世界と現実の世界の差を埋める研究
消える楽しかった地球の思い出⇔忘れられないパンケーキ(すべてに打ち勝つ欲求・感情の超克、人間の強さ)
要素の反転・回収について(彩葉軸)
かぐや姫と翁・帝は再会しない⇔昔のようには戻れないが、彩葉は母親と再会する。
天人となったかぐや姫は、感情を失い笑うことはない⇔大人にさせられ義務を背負う彩葉は子供のように遊ぶ中で、子供のような笑顔を取り戻す。
別れた娘への想い、不死の煙は月には届かない⇔届かなかった電話は届く。
親に決められた義務(婚活・月への帰還)を遂行して生きるしかない⇔親が決めた進路を否定して自分の感情を優先することができる。
かつては人間同士として楽しくすごせた家族も、感情と記憶を失った天人になってしまえば重なることはない⇔あの頃の想いは、歌は、家族の笑顔の記憶は、長い時が経って変わってしまっても、ヤチヨの中に残る幼いかぐやの想いのように、表に出すことができなくとも、確かに二人の心の中に今は見えなくとも残っているはずである。親子の情というものは、出会った瞬間に無条件で生まれ、永遠に消えないものであるのだから。
かぐや軸と彩葉軸の連携
説明するうえで2つに分けたが、この2つの軸の物語は、独立した物語ではなく、相互・複合的に作用するようになっている。
かぐや軸では親子の無償の愛が生まれること、子が母親に愛されることへの渇望と、共にあり笑いあう親子の様子が描かれる。
彩葉軸においてそれは描かれない・慎重に扱われるが、かぐや軸の物語があることで視聴者に幼い頃の笑顔の彩葉のカットを見せることで「かつてはそれがあったのではないか、その想いは消えていないはず」と対比的に思わせるようになっている。
逆に彩葉軸の物語で、彩葉がどのような選択をしてきたか、どのような覚悟をもって生きたかを描くことで、「かぐやが月に帰らなくてはならない」という実家に残してきた果たすべき義務の理由を想像させるようになっている。
特に、親から離れ1人で決断して生きる彩葉の力強さは、地球で8000年の時を過ごし、自分の生きる道を見つけ、彩葉だけでない、人々の中で過ごしていくヤチヨの要素につながる部分なので、注目してほしい。
そのほかの要素メモ
「再解釈・再構成」(情報の再定義は脳内麻薬が出やすいので、ドパガキ向けの要素である)
・かぐや姫→超かぐや姫!→かぐや姫
・父の歌→Reply→Remember→子守歌
・8000年の歴史→ツクヨミ
・バルコニー→天守閣
・かぐや姫→かぐや(命名・誕生・親子の成立)
・かぐや→かぐや姫(義務の遂行)
・かぐや→ヤチヨ(別れ、忘却、種族の違い)
・ヤチヨ→かぐや(消えない想い、親子の情、不死の煙)
・大人→子供(遊びの大切さ、感情の優先、自己の優先、笑顔の復活)
・子供→大人(本心を隠すこと、義務を背負うこと、感情を出さないこと)
・着ぐるみスキン→ノースキン(隠した・失った笑顔の再獲得)
・ワールドイズマイン:男女の歌詞→親子の歌詞
・ヤチヨのエモートの涙→Ex-Otogibanashiの汗に隠れた真実の涙→Replyの涙(かぐやもヤチヨも(彩葉も)基本的に泣かない性質を持つが、彩葉と共にいれる喜びのみで泣く→いれる・いれない悲しみで泣く→いれる・いれない喜び・悲しみで泣く)
・忘れたかった思い出→忘れたくない思い出
・悲しい別れ→ハッピーな卒業
・1回限りで…→禁断のエンディング"二度打ち"→もう1回!
・魂だけの存在(電子生命体、物語のキャラクター、電子の歌姫、アニメのキャラクター)→受肉する未来
・忘れてもいいよ→全部聞かせてよ
・そんな顔しなかったじゃん→だからいつもあんなに楽しそうに笑ってたんだ
RayのMVのアレ何?
原作不死の煙のシーンの反転。
・地球から月へ送る想い。→進路報告。彩葉の親への連絡に対応、実家への義理の遂行のかぐや版
・⇔天人ではなく人としてこの場所で生きていくこと。かぐやを人間にすること。=同じ時間を過ごすこと。
・⇔種族差を埋めること→穢れである人間の体を得ること(かぐや)、すべてを忘れず人と共に永遠を生き続けること(ヤチヨ)
幼い彩葉のモチーフ
・悲しい思い出を受け止め拾い上げること、かぐや軸のヤチヨの救済を彩葉軸にあてはめること。かつて母が受け止めてくれたこと、友人たちがそれを覆い隠していてくれたこと。今が辛くとも未来には必ず光が待っていること(8000年後の再会)。
蛇足
そもそも竹取物語が幼くして親元から離れ、貴族・皇族に嫁いだ義務を背負うべき高貴な女性を励まし楽しませるために書かれた物語という前提(諸説あり)で読むと、めちゃくちゃ味がする。
おわりに
まだまだ書いていないことは多いので、気が向いたら更新する。(たぶん気が向かないのでしない)












































